津山鉄道ことはじめ


■美作地方に初めて鉄道が到達したのは1899年(明治31年)12月21日で、岡山県内では現在の山陽本線(当時は山陽鉄道)に続く2番目の鉄道として、現在の津山線(当時は中国鉄道)が、岡山市と津山市を結んだものです。中国鉄道は岡山市駅(現在の岡山駅の位置とは別)と津山駅(現在の津山口駅)間の約56kmを約2時間30分で結びました。

■当時の岡山県内の南北を結ぶ物流は、津山市内を流れる吉井川などの高瀬舟が主流となっていましたが、中国鉄道の開通により徐々に衰退し、昭和初期頃までにはその姿は見られなくなりました。

■中国鉄道の開通後、すぐに新たな路線設置が進まなかった津山地域の鉄道ですが、陰陽連絡の役目を担う路線として因美線が1932年(昭和7年)に全通します。因美線は旧加茂町(現津山市加茂町)経由のルート、勝央町を経由するルート、旧勝田町(現美作市勝田町)を経由するルートの調整・集約に時間を要し、最終的に旧加茂町経由に落ち着きましたが、因美南線として津山〜美作加茂間の開通が1927年(昭和3年)となり、全通したのは中国鉄道の開通から30年以上の月日が経過していました。

■津山市を東西に横断し、姫路市から新見市を結ぶ姫新線は、津山〜津山口〜美作追分間が1923年(大正12年)に作備線として開業したのをはじめに、1936年(昭和11年)に姫新線として全通します。

■現存する津山扇形機関車庫も姫新線が全通した1936年(昭和11年)に完成しています。


以下は津山鉄道発祥の地、津山口駅。現在は駅前はひっそりとし、小さな待合室と月極め駐車場しかありません。かつての機関車庫等は既に無く住宅が立ち並び、対面ホームも草に覆われています。

現在の津山口駅


線路は棒線化されています。右側の空き地が以前の機関庫であった場所


旧ホーム跡は草に覆われています