急行「みまさか」


 1960(昭和35)年10月、準急「みまさか」として大阪〜中国勝山(下り)、月田〜大阪(上りで運転を開始したもので、同時に登場した準急「みささ」(大阪〜上井)と大阪〜津山間で併結運転が行われました。1962(昭和37)年3月には大阪〜新見間の運転区間で1往復が増発され、従来の準急「みまさか」は上下共に月田駅発着に改められています。
 1966(昭和41)年3月に種別を急行に改め、さらに1968(昭和43)年10月からは急行「やまのゆ」が廃止されて「みまさか」に統合され、「みまさか」は3往復体制となりましたが、大阪からの中国自動車道の開通及び中国ハイウェイバスの運行開始を境に利用客の低迷が始まり、1982(昭和57)年11月からは急行としての運転区間を大阪〜津山に統一。さらに1985(昭和60)年3月からは「みささ」と共に1往復化され、大阪〜中国勝山(*津山〜中国勝山間は普通列車)となりました。しかし、この体制も長く続かず1989(平成元)年3月11日改正で「みささ」と共に廃止されたものです。
 現在、津山駅〜大阪駅間は中国ハイウェイバスが30分〜1時間おきに走り、「みまさか」廃止後の足となっています。


津山駅での長大編成(1982年3月 当時の名残で津山駅の2番線は今も長いホームが残っています)


急行「みまさか」の愛称板