急行「砂丘」


 津山線・因美線の名前を有名にしたのは、岡山と鳥取を結ぶ陰陽連絡急行「砂丘」の存在でした。特に因美線内は腕木式信号にタブレット閉塞ということもあり、優等列車が走行中にタブレットの授受を行う日本最後の路線であったため、多くの鉄道ファンの注目を浴び、その末期(1997年・平成9年)には全国から最後の雄姿を写真に収めようと鉄道ファンが集まりました。

 急行「砂丘」は1962年に宇野―鳥取間の準急として運転を開始、1966年に急行列車化され、その後岡山始発に改められたものの一時は鳥取県の倉吉、米子まで延長運転されていた時期がありました。国鉄民営化後も最大5往復まで増発されるなど、全国的な急行列車退潮の中にあって一定の需要を保った稀有の急行列車でした。1997年に智頭急行線経由の特急「いなば」(現在の「スーパーいなば」)に格上げする形で廃止されました。

美作河井駅


美作河井駅


美作加茂駅


那岐〜美作河井


美作河井〜知和


美作加茂駅


美作加茂駅



美作加茂駅


美作滝尾駅


美作河井駅



「砂丘」の愛称板



運行最終日 上り最終の「砂丘10号」車内で配られた乗車証明書 管理人の宝物です